コーヒーと紅茶には、カップ一杯には納まりそうにない深い話がある

当時のイギリスのコーヒーハウスは政治的な討議を行う場というだけではなく、世界中の情報(ニュース)が一番早く集まる場所であり、株・商品の取引が行われたり金融機能を果たす場所だったりしたのである。端的に言えば、公共圏としてのコーヒーハウスというのは『市民(市民意識)』を生み出して拡散させる場所であり、近代市民社会の模範的な原型を示す社交の場であったが、ここでいう政治主体としての市民には『女性』が含まれていなかった点に注意が必要である。

本棚に積ん読状態になっていたコーヒーが廻り世界史が廻る―近代市民社会の黒い血液 (中公新書)を読んでいたところだったので、本の内容の一部が分かりやすく要約されたような上記エントリーを読んで、要点が整理されました。感謝多謝。
蛇足な補足として、イギリスにおけるコーヒーハウス文化の衰退と紅茶の台頭の話、イギリスとは異なりコーヒー文化が今日まで生き残ったフランスの話を、同書から抜粋メモ。

  1. イギリス
    1. 公開的な議論の場としてのコーヒーハウスは、閉鎖的なクラブへと姿を変えた*1
    2. 大英帝国のアジア植民地政策により得られた紅茶の販路開発の結果、コーヒーが飲まれなくなった
    3. コーヒーハウス文化から除外された女性による「反コーヒー活動」と、ヴィクトリア女王らが示した「家族団らん」が合致した*2
  2. フランス
    1. 当時広く信じられていた「コーヒーに含まれる様々な有害物」を中和するため、フランス名産の牛乳を混ぜたカフェ・オ・レが好んで飲まれた
    2. フランス領西インドでの栽培に成功したコーヒーの販路開発の結果、コーヒーが一層飲まれるようになった
    3. コーヒー文化の担い手が、初期から女性であった*3

また全部を読み切ってはいないけれど、イギリスの章を読んでいて印象的だったのがコーヒーハウス文化の担い手たちの特徴や求められていた資質への言及。意見交換の場が社会の住民に与えた効果や、時代にフィットするタイプの考え方について、時代は違えど今も昔も似たような結論に至っているのがとても興味深かったです。

 コーヒーハウスは文学者の生活の中心を占めると同時に、近代市民社会の住民を、判断し批判する公衆に押し上げる一翼である「読者層」を創りだす拠点でもあった。この「読者層」とはなによりもまず、「自分の家でよりも多くの時間をコーヒーハウスで過ごす立派な市民」のことである。彼らは簡潔な文章で意見を表明する技術を学ぶ。というのも、「耳は目のように長い文章を追うことができない」からである。コーヒーハウスは彼らに異なった意見を交換することから、彼らの公的見解を形成する技術を習得させたのである。
 自分の意見をもっぱら他人の意見を拝聴して作り上げた人間が、己の判断力をもっぱら読書を通して養った人間よりも優れているとは、本来とても言えないはずである。しかし前者が柔軟性に富み、敏捷性に優れ、社交性に溢れ、一言で言えば、時代にフィットするタイプであることは疑いがない。

*1:政治経済や日々のニュースを語らう場よりも、ニッチな趣味を共有する場が求められた結果。ブログとSNSの関係にも似てるかも

*2:反コーヒー活動で訴えられた「コーヒー・インポテンツ原因説」が、家族団らんと真っ向から衝突する、という話もある

*3:初期は富裕層の女性、徐々に家庭へと浸食していく